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銭洗弁天


由緒

作成:2005年05月26日

銭洗弁天(ぜにあらいべんてん)

銭洗弁財天宇賀福神社(ぜにあらいべんざいてんうがふくじんじゃ)

■ 祭神
市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
弁財天(べんざいてん)

文治元年(1185) 巳の年、巳の月、巳の日、「之より西方に一つの谷あり、境域清浄にして神泉あり。今後この霊水を汲み来たリて絶えず域中にて用い、天神(あまつかみ) 地祇(くにつかみ) 両部会の神仏に供養する時は、人民自ら信仰心を起こし四海の内豊楽の栄を見ん。我はすなわち隠里の主宇賀福神なり。」

という夢の中の老翁のお告げにより、源頼朝が近侍に命じて霊告の清泉を尋ね当て、ここに宇賀福神を勧請し、この隠里の名泉を鎌倉府中四井の御前水に加え五名水と称した。

その後、正嘉元年(1257) 巳の仲秋、時の執権最明寺時頼の信心に基づき、福徳の現れるべき「辛巳なる金」の縁日を選び、人々に参詣をすすめるとともに、「これを信仰するもの貨幣を持ち来たリてこの霊水にてその心とともに洗い清めるとき、不浄の塵垢は消えて福銭となり、一粒万倍の功力を顕し一家繁昌子孫長久の守となるべし。」

と自ら銭を洗い祈誓したため、信仰の厚い人々がこれにならい、この水で洗った金銭財宝は如何なる場合にも損耗して消えることのないという奇跡により、その後幾百年の間巳の日の縁日には人々が多数参詣している。

--- 案内板記事より引用 ---

 

写真

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