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杉本寺


由緒

作成:2004年03月15日

坂東・鎌倉三十三観音霊場第一番
鎌倉二十四地蔵霊場四番・六番

天台宗大倉山 杉本寺(すぎもとでら)

天平六年(734) 春、光明皇后の願により、大臣藤原房前と僧行基に命じて堂宇を建立し、行基自ら刻んだ十一面観音を安置した。
さらに、仁寿元年(851)に、僧円仁(慈覚大師)が参籠して十一面観音を刻み安置した。また、寛和二年(985)に、僧源信(恵心僧都)が花山法王の命により十一面観音を刻んで安置し、併せて坂東第一番札所と定め、法王自ら順礼した。

文治五年(1189)十一月二十三日、隣屋より火災が起こり、類焼の際、本尊三体自ら庭内の大杉の下に火をさけたことから、杉の本の観音と呼ばれたと「吾妻鏡」が、伝えている。
建久二年(1191)九月十八日に源頼朝が御堂を再興し、三尊像を内陣に安置し、別に立像七尺の十一面観音を寄進した。昔から、本尊の賞罰が数あるなかで、放逸の輩が信心をなくして御堂の前を馬で乗り打ちする者は、必ず落馬するというので、下馬観音と言われる。

建長寺を開山した大覚禅師がこの観音堂に参籠し、尊像を拝して祈願し、所持していた袈裟をもって行基菩薩作の十一面観音の慈眼を覆ったことから覆面観音とも言われ、往来の不浄は、その袈裟により落馬等の利罪もなくなると言われる。頼朝時代以来、秘仏とされた。

主な仏像
本尊 十一面観音(中央) 慈覚大師作(国宝、重要文化財)
本尊 十一面観音(右)  恵心僧都作(国宝、重要文化財)
本尊 十一面観音(左)  行基菩薩作
前立 十一面観音    源頼朝寄進 運慶作

--- 拝観の「しおり」より引用 ---

 

写真

杉本寺2 杉本寺1      
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