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浄智寺


由緒

作成:2004年12月05日

浄智寺(じょうちじ)

鎌倉五山 第四位 金宝山 臨済宗円覚寺派

開基
執権として有名な北条時頼の三男宗政が二十九才の若さで弘安四年(1281) に歿したが、間もなく宗政夫人が一族の助けをえて寺を起こし、亡夫と幼少の師時を開基にしたと考えられている。

開山
中国の名僧兀庵普寧と仏源禅師大休正念(請待開山)、および日本僧の真応禅師 南州宏海(準開山)の三人が名前をつらねている。

はじめ、開山に招かれた南州宏海が、大任すぎるといって身をひき、師の大休正念を請じて入仏供養の儀式をおこない、すでに世を去っていた師僧の兀庵普寧を開山にたてたとされる。
南州宏海は、嘉元元年(1303) に死去し、以後、高峰顕日、夢窓疎石、清拙正澄、竺仙梵僊、古先印元などの高僧が住職に迎えられた。

延文元年(1356) の火災で、初期の伽藍を失うが室町時代ごろには、方丈、書院、法堂、五百羅漢像を安置した三門、外門、行堂、維那寮、僧堂などの主要な建物、その他塔頭が建ちそろった。

戦国時代から江戸時代にはいると鎌倉はさびれ、寺院の多くもかっての繁栄ぶりをうしなう。江戸時代の後期ごろには、仏殿、方丈、鐘楼、外門、惣門、塔頭の八院などがあったが、大正十二年(1923) の関東大震災でほとんど倒潰した。現在は三門、二階に鐘をさげた桜門、新しい仏殿の曇華殿、方丈、客殿などが伽藍を形造っている。

寺域は、背後の谷戸に深くのび、竹や杉の多い境内に長い歴史をもった禅刹にふさわしい閑寂なたたずまいを保っている。全域が昭和四十三年(1968)三月、史跡に指定された。

仏像など
木造三世仏座像:神奈川県重要文化財
木造地蔵座像 :重要文化財、鎌倉市指定文化財(鎌倉国宝館出陳)
木造韋駄天立像:鎌倉市指定文化財(鎌倉国宝館出陳)

--- 拝観の「しおり」より引用 ---

 

写真

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写真(浄智寺5) 写真(浄智寺6)
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