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円覚寺


由緒

作成:2004年03月31日

円覚寺(えんがくじ)

この寺は、臨済宗円覚寺派の大本山で弘安五年(1282)開創、開山は中国(宋)より渡来した仏光国師無学祖元で、開基は鎌倉幕府の執権北条時宗である。

国師は時宗の熱心な招請に接し弘安二年(1279)に来朝、初め建長寺に住し、時宗をはじめ鎌倉の武将を教化し、多くの門弟を育てた。

時宗は弘安四年(1281)再度の蒙古襲来を撃滅した後、翌五年(1282)正法を興隆し、恩師に報じ、また文永・弘安の両役で戦死した敵味方両軍の菩提を弔うため、この寺を建立した。

国師の流派は仏光派と称され、弟子に仏国国師、孫弟子に夢窓国師が出た。室町時代には国師の法孫が五山の学僧の主流になった。

江戸時代にはやや衰微したが、江戸末期に中興誠拙禅師が出て、明治に至って今北洪川、釈宗演の二大禅師が出世し、再び関東禅界の中心となり、禅風を門外に宣揚した。

--- 案内板記事より引用 ---

 

写真

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