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英勝寺


由緒

作成:2004年04月21日

東光山 英勝寺(えいしょうじ)

東光山英勝寺は、現在鎌倉では唯一の尼寺である。寺域は太田道灌の旧跡で鎌倉市扇ガ谷にある。

この寺は、水戸中納言頼房の准母である英勝院尼の創建で、寺域は広く風致は幽静、寳珠殿とよばれる仏殿には徳川三代将軍家光寄進による運慶作の阿弥陀三尊如来像を安置している。

英勝院尼は、太田道灌四代康資の息女で徳川家康に仕え、お勝の方といわれた。家康の命によって頼房の准母となり、家康亡き後、寛永十一年(1634)出家し、家光より父祖旧縁の地、道灌の故地を賜わって、この地に英勝寺を創建した。

そして、尼は自身の菩提のために念仏道場を創め、頼房の息女小良姫(さらひめ)を七歳の時に玉峯清因と名づけ得度出家させ、開山第一祖とした。

玉峯清因は、九十歳で入寂し、その間に英勝寺は寺領に三浦郡池子村に四百二十石の朱印地を与えられ、寺領にそえて源義家東夷征伐の時に旗を立てたと伝えられる旗立山通称源氏山を賜わる。

山腹には道灌の首塚があり、境内には「十六夜日記」を著した阿仏尼の卵塔、智岸寺稲荷などがある。英勝院尼は、寛永十九年(1642)六十五歳で寂し、法号は「英勝院殿長誉清春」と諡する。

その後は代々水戸家の姫君が住持として入山していたが、嘉永六年(1853)六代清吟尼入滅後は水戸家よりの住持は絶え、その後は徳川家の支援によって維持され、明治二十八年(1895)より松平家より住職を迎え、大正八年(1919)入寂以後は東京青山善光寺から住職を招請して今日に及んでいる。

--- 拝観の「しおり」より引用 ---

 

写真

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