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項目

bk00-00[般若心経解説]
bk00-54[ブッダの真理の言葉--抜粋--]

 

[般若心経解説]

作成:2000年02月27日
更新:2004年01月02日

中村 元、紀野一義 訳注 般若心経/岩波文庫 を参考にした般若心経の解説をとりあえず掲載しました。中村 元先生は先般他界されましたが、岩波文庫に多数の経典翻訳書を残されました。愛読者の一人としてその業績に心から感謝し、逝去をお悼みいたします。この般若心経解説をスタートに、色々な仏教経典翻訳書の中から心に残った経句を掲載していきたいと思います。
 

般若波羅蜜多心経

観自在菩薩行深般若波羅蜜多時。 照見五蘊皆空度一切苦厄。 舎利子色不異空

空不異色色即是空空即是色受想行識亦復如是舎利子是諸法空想不生不滅

不垢不浄不増不減是故空中無色無受想行識無眼耳鼻舌身意無色声香味触法

無眼界及至無意識界無無明亦無無明盡及至無老死亦無老死盡。 無苦集滅道

無智亦無得以無所得故菩提薩垂依般若波羅蜜多故心無圭礙無圭礙故無有究怖

遠離一切巓倒夢想究竟涅槃三世諸佛依般若波羅蜜多故。 得阿耨多羅三藐三菩堤

故知般若波羅蜜多是大神咒是大明咒是無上咒是無等等咒能除一切苦真実不 

虚故説般若波羅蜜多咒即説咒曰掲帝掲帝波羅掲帝波羅僧掲帝菩堤僧莎訶

般若波羅蜜多心経

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解説

■般若:はんにゃ
原語の音訳、パンナ。真理を悟ることによって得られる智慧。

■波羅蜜多:はらみた
原語の音訳、パーラミータ。彼岸に至ること、完成。

□彼岸:ひがん
彼の岸。対語此岸が苦悩と迷いの現実世界であり、彼岸は悟りの世界。

■心経:しんぎょう
心を述べた言葉、真言。

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■観自在菩薩:かんじざいぼさつ
観世音菩薩又は観音菩薩。全てを観ること、全ての衆生から観られることが自在である菩薩。法華経に出現する架空の菩薩(アバローキテーシュバラ)。

□菩薩:ぼさつ
智慧の完成(般若波羅蜜多)を目指す修行者。

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■行深般若波羅蜜多時:ぎょうじんはんにゃはらみたじ
深く般若波羅蜜多を修行していた時。

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■照見:しょうけん
見極める。

■五蘊:ごおん
(外的物質世界)及び受想行識(人間の精神作用の世界)。
[2004.01.02] 補足
般若心経・金剛般若経/岩波文庫:般若心経 註では「ごおん」と読んでいますが、「ごうん」と読むのが一般的なようです。岩波仏教辞典、Wikipedia、法華経/岩波文庫:「正しい教えの白蓮」注(上巻P396)、 などではすべて「ごうん」と読んでいます。

■皆:かい
すべて。

■空:くう
実体がない。何もない(Nil or Null)

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■度:ど
取り除くこと。

■一切苦厄:いっさいくやく
全ての苦しみと災厄。「度一切苦厄」は、「全ての苦しみと災厄を取り除いた」の意。

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■舎利子:しゃりし
仏弟子の一人、サーリプッタ。

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■色不異空:しきふいくう
色は空に異ならず。物質には実体がない。物質は変化し、不変であるところの実体は何もない。

□色:しき
外的物質世界。

□空:くう
実体がないこと。

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■空不異色:くうふいしき
に異ならず。実体(不変)がない(変化する)ということは、物質世界と同じことである。

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■色即是空:しきそくぜくう
は、すなわちこれである。色不異空と同義。

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■空即是色:くうそくぜしき
は、これすなわちである。空不異色と同義。

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■受想行識:じゅそうぎょうしき
人間の精神作用の世界。

□受:じゅ
感覚。

□想:そう
知覚、表象。

□行:ぎょう
認識、意識。

□識:しき
知識。

[2004.01.02] 訂正、補足
「想」、「行」、「識」の意味について、若干の誤解、混乱がありましたので下記のように訂正、補足します(岩波仏教辞典、法華経/岩波文庫:「正しい教えの白蓮」注(上巻P396)、広辞苑等を参考)。

□想:そう
表象(1. 認識対象からその姿かたちの像や観念を受ける作用。2. 知覚、記憶、想像などによって意識に現れる外界対象の像。)
「想」は現代語では「表象」と訳されていますが、「表象」自体あまりなじみのない言葉です。広辞苑によると、「1. 象徴に同じ。2. [哲・心] 普通には、知覚にもとづいて意識に現れる外界対象の像。対象が現前している場合(知覚表象)、記憶によって再生される場合(記憶表象)、想像による場合(想像表象)がある。表象は感覚的、具体的な点で概念や理念と区別される。観念も表象と同意味に用いる場合がある。」とあります。

□行:ぎょう
意思

□識:しき
知識、認識、判断
般若心経・金剛般若経/岩波文庫:般若心経 註では、「知識」と訳されていますが、法華経/岩波文庫:「正しい教えの白蓮」注(上巻P396) では「認識」、岩波仏教辞典では、「認識、判断」の意味としています。

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■亦復如是:やくぶにょぜ
亦かくのごとくである(同じように)。

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■是諸法空想:ぜしょほうくうそう
これら、すべての存在するものには実体がない。

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■不生不滅:ふしょうふめつ
生じる(生じた)こともなく、滅する(滅した)こともない。

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■不垢不浄:ふくふじょう
汚れたものでもなく、清らかなものでもない。

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■不増不減:ふぞうふげん
増すことももなく減ることもない。

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■是故:ぜこ
この故に。

■空中:くうちゅう
の中には。

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■無色:むしき
外的物質世界がない。

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■無受想行識:むじゅそうぎょうしき
人間の精神作用の世界(受想行識)もない。

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■無眼耳鼻舌身意:むげんにびぜっしんい
眼、耳、鼻、舌、身体、心もない。

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■無色声香味触法:むしきしょうこうみそくほう
形(外的物質世界)、声、香、味、触れられる対象物、心の対象物もない。

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■無眼界:むげんかい
眼の領域もなく。

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■及至無意識界:ないしむいしきかい
意識の領域に至るまで何もない。

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■無無明:むむみょう
無明もない。

□無明:むみょう
迷い、真理を覚らない無知から生じる迷い。

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■亦無無明盡:やくむむみょうじん
また、無明が尽きる(覚ること)こともない。

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■及至無老死:ないしむろうし
こうして、老も死もない状態に至る。

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■亦無老死盡:やくむろうしじん
また、老と死が尽きることもない。

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■無苦集滅道:むくじゅうめつどう
苦集滅道もなく。

□苦集滅道:くじゅうめつどう
四諦という。八正道と合わせて、四諦八正道という。

□苦:く
苦しみ(生、老、病、死の苦は誰も逃れることのできない苦である)。

□集:じゅう
苦しみの原因(苦しみの原因は無明であり、無明は執着によって生じる)。

□滅:めつ
苦しみを制すること(無明の原因である執着を断ち切ること)。

□道:どう
苦しみを制する道(八正道)。

□八正道:はっしょうどう
正しい見解(正見)、正しい思い(正思)、正しい言葉(正語)、正し行い(正業)、正しい生活(正命)、正しい努力(正精進)、正しい注意(正念)、正しい精神統一(正定)。

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■無智亦無得:むちやくむとく
知るところもなく、また得るものもない(知るはたらきもなく、知られる理法というものもない)。

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■以無所得故:いむしょとくこ
それ故得るところがない。

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■菩提薩垂:ぼだいさった
原語の音訳、ボーディサットバ。菩薩と同義。智慧の完成を目指す求道者は。
(注):[垂]は、正しくは[土]偏に[垂]

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■依般若波羅蜜多故:えはんにゃはらみたこ
般若波羅蜜多に依るが故に。

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■心無圭礙:しんむけいげ
心に圭礙がない。心を覆うものがない。
(注):[圭]は、正しくは[四]冠に[圭]

□圭礙:けいげ
引っ掛かるものや妨げになるもの。
(注):[圭]は、正しくは[四]冠に[圭]

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■無圭礙故:むけいげこ
圭礙なきが故に。
(注):[圭]は、正しくは[四]冠に[圭]

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■無有究怖:むうくふ
究怖があることもない。

□究怖:くふ
恐れること。

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■遠離一切巓倒夢想:おんりいっさいてんどうむそう
全ての(正しくものを見ることのできない)迷いから離れている。

□遠離:おんり
遠く離れていること。

□一切:いっさい
一切の、全ての。

□巓倒夢想:てんどうむそう
正しくものを見ることのできない迷い。

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■究竟涅槃:くきょうねはん
涅槃の状態にある。一切の迷いから脱した境地。

□涅槃:ねはん
原語はニルバーナ、永遠の平安の意味。

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■三世諸佛:さんぜしょぶつ
過去、現在、未来の全ての仏。

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■依般若波羅蜜多故:えはんにゃはらみたこ
般若波羅蜜多に依るが故に。

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■得阿耨多羅三藐三菩堤:とくあのくたらさんみゃくさんぼだい
完全な悟りを得る。

□阿耨多羅三藐三菩堤:あのくたらさんみゃくさんぼだい
完全な覚り(仏の覚り)。

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■故知般若波羅蜜多:こちはんにゃはらみた
故に人は般若波羅蜜多を知るべきである。

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■是大神咒:ぜだいじんしゅ
これは偉大なる真言である。

□大神咒:だいじんしゅ
原語でマハーマントラ(偉大なるマントラ)、マントラは真言と訳される。

□咒:しゅ:マントラ、真言、真実の言葉。

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■是大明咒:ぜだいみょうしゅ
これは明らかな真言である。

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■是無上咒:ぜむじょうしゅ
これは無上の真言である。

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■是無等等咒:ぜむとうどうしゅ
これは無比の真言である。

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■能除一切苦:のうじょいっさいく
よく一切の苦を除く。

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■真実不虚故:しんじつふここ
真実であって、虚妄ではないが故に。

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■説般若波羅蜜多咒:せつはんにゃはらみたしゅ
般若波羅蜜多を説く。

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■即説咒曰:そくせつしゅわつ
すなわちを説いて曰く。

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■掲帝:ぎゃーてい
原語の音訳、ガテー、往ける者よ。

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■波羅掲帝:はらぎゃーてい
原語の音訳、パーラガテー、彼岸に往ける者よ。

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■波羅僧掲帝:はらそうぎゃーてい
原語の音訳、パーラサンガテー、彼岸に全く往ける者よ。

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■菩堤僧莎訶:ぼじそわか
原語の音訳、ボーディースヴァーハー、覚りよ幸あれ。

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■参考文献
般若心経、金剛般若経/中村 元、紀野一義訳注/岩波文庫

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[ブッダの真理の言葉--抜粋--]

作成:2001年07月08日

中村 元 訳「ブッダの真理の言葉」(岩波文庫)から、心に残る、珠玉の経句を掲載します。原典は、パーリ語の「ダンマパダ」、漢訳は「法句経」として知られている経典です。余計ですが、私の一言を付け加えました。

■1.
ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。もしも汚れた心で話したり行ったりするならば、苦しみはその人につき従う。----車を引く牛の足跡に車輪がついて行くように。

□私の一言
すべてのことは、心から始まり、結果が作り出される。だから、正しい心を持って行動しなければ、良い結果はうまれない。

■5.
実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以ってしたならば、ついに怨みの息むことがない。怨みをすててこそ息む。これは永遠の真理である。

□私の一言
怨みの連鎖を断ちきるのは、怨みを捨てるしかない。

■6.
「われらは、ここにあって死ぬはずのものである」と覚悟をしよう。----このことわりを他の人々は知っていない。しかし、このことわりを知る人々があれば、争いはしずまる。

□私の一言
すべてのものは、無に帰す、自分がすでに無であると覚ることができれば、つまらないことで争う意味はなくなる。

■21.
つとめ励むのは不死の境地である。怠りなまけるのは死の境涯である。つとめ励む人々は死ぬことがない。怠りなまける人々は、死者のごとくである。

□私の一言
怠惰は邪悪のもとであり、努力は正しい生活のもとである。

■23.
道に思いをこらし、耐え忍ぶことつよく、つねに健く奮励する。思慮ある人々は、安らぎに達する。これは無上の幸せである。

□私の一言
正しい生活を目指して忍耐し努力することによって、心の平安と満足が得られる。

■33.
心は、動揺し、ざわめき、護り難く、制し難い。英知ある人はこれを直くする。−−弓師が矢の弦を直くするように。

□私の一言
自分の心を制御するのは難しい。いつも心の平静を保つよう努力せよ。

■35.
心は、捉え難く、軽々とざわめき、欲するがままにおもむく。その心をおさめることは善いことである。心をおさめたならば、安楽をもたらす。

□私の一言
心の平静を保つことが、平安と幸福のもとになる。

■43.
母も父もそのほか親族がしてくれるよりもさらに優れたことを、正しく向けられた心がしてくれる。

□私の一言
正しい心をもって行うことが、結果として、自分に良い結果をもたらす。

■50.
他人の過失を見るなかれ。他人のしたこととしなかったことを見るな。ただ自分のしたこととしなかったことだけを見よ。

□私の一言
他人がどうであるかが問題ではない。自分が正しいかどうかを見つめよ。

■51.
うるわしく、あでやかに咲く花でも、香りの無いものがあるように、善く説かれたことばでも、それを実行しない人には実りがない。

□私の一言
実行を伴わない人、言葉だけの人には良い結果はない。

■61.
旅に出て、もしも自分よりすぐれた者か、または自分にひとしい者に出会わなかったら、むしろきっぱりと独りで行け。愚かな者を道連れにしてはならない。

□私の一言
たとえ孤立しても、愚かな人、邪悪な人には近づくな、親しむな。

■62.
「わたしには子がある。わたしには財がある」と思って愚かな者は悩む。しかしすでに自己が自分のものではない。ましてどうして子が自分のものであろうか。どうして財が自分のものであろうか。

□私の一言
子どもも、妻も、財産も、自分自身でさえも自分のものではないと思え。自分ものであるという思いが、苦悩と争いのもとになる。

■76.
おのが罪過を指摘し過ちを告げてくれる聡明な人に会ったならば、その賢い人につき従え。−−隠してある財宝のありかを告げてくれる人につき従うように。そのような人につき従うならば、善いことがあり、悪いことは無い。

□私の一言
自分のまちがいを指摘してくれる人こそ自分の師である。逆怨みすべからず。

■77.
他人を訓戒せよ。教えさとせ。宜しくないことから他人を遠ざけよ。そうすれば、その人は善人に愛せられ、悪人からは疎まれる。

□私の一言
人のまちがいを指摘し、教えよ。もし逆怨みされるなら、その人から離れよ。

■81.
一つの岩の塊りが風に揺るがないように、賢者は非難と賞賛に動じない。

□私の一言
人の非難や賞讃を気にしてはいけない。正しい道を堂々と行け。

■104.
自己にうち克つことは、他の人々に勝つことよりもすぐれている。つねに行いをつつしみ、自己をととのえている人、----このような人の克ち得た勝利を敗北に転ずることは、神も、ガンダルバも、悪魔も、梵天もなすことができない。

□私の一言
自分に克つことがもっとも難しく、すぐれたことである。自分に克った者が一番強い。

■130.
すべての者は暴力におびえる。すべての生きものにとって生命は愛しい。己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。

□私の一言
誰でも、暴力を恐れ、自分の生命を愛しむ。だから人の生命も愛しむのだ。

■138.
先ず自分を正しくととのえ、次いで他人を教えよ。そうすれば賢明な人は、煩わされて悩むことがないであろう。

□私の一言
自分を正しくしたのちに、人を教えよ。

■139.
他人に教えるとおりに、自分でも行え----。自分をよくととのえた人こそ、他人をととのえるであろう。自己は実に制し難い。

□私の一言
人に教えたことは、自分でも行え。自分を整えることは実に難しい。

■213.
愛するものから憂いが生じ、愛するものから恐れが生じる。愛するものを離れたならば、憂いは存在しない。どうして恐れることがあろうか。

□私の一言
愛するものがあるから、それを守ろうとして憂いや恐れが生じる。愛するもの、執着するものを捨てよ。

■216.
妄執から憂いが生じ、妄執から恐れが生じる。妄執を離れたならば、憂いは存在しない。どうして恐れることがあろうか。

□私の一言
愛するものも、執着も妄執のもとである。妄執を捨てよ。

■217.
徳行と見識とをそなえ、法にしたがって生き、真実を語り、自分のなすべきことを行う人は、人々から愛される。

□私の一言
正しい心と行い、正しい見解をもって、真実を語れ。自分のなすべきことをなせ。

■221.
怒りを捨てよ。慢心を除き去れ。いかなる束縛をも超越せよ。名称と形態とにこだわらず、無一物となった者は、苦悩に追われることがない。

□私の一言
怒るな、慢心するな。あらゆる束縛を越えよ。そして、無一物になれ。

■224.
真実を語れ。怒るな。請われたならば、乏しいなかから与えよ。これらの三つの事によって、死後には天の神々のもとに至り得るであろう。

□私の一言
真実を語れ、怒るな、請われれば与えよ。

■232.
ことばがむらむらするのを、まもり落ち着けよ。ことばについて慎んでおれ。語による悪い行いを捨てて、語によって善行を行なえ。

□私の一言
言葉によって人を傷つけるな。言葉を慎め。言葉の力で人を救え。

■233.
心がむらむらするのを、まもり落ち着けよ。心について慎んでおれ。心による悪い行いを捨てて、心によって善行を行なえ。

□私の一言
心を整えよ。心を慎め。心で人を救え。

■244.
恥を知らず、烏のように厚かましく、図々しく、人を責め、大胆で、心のよごれた者は、生活し易い。

□私の一言
心のよごれた者は、生活しやすい。しかし、やがて苦しみが訪れる。

■245.
恥を知り、常に清きをもとめ、執着をはなれ、つつしみ深く、真理を見て清く暮らす者は、生活し難い。

□私の一言
心と生活を正しく整える者は、生活し難い。しかし、心の平安をえることができる。

■277.
「一切の形成されたものは無常である」と明らかな知慧をもって観るときに、ひとは苦しみから遠ざかり離れる。これこそ人が清らかになる道である。

□私の一言
一切のものは無常である。五薀皆空であると認識せよ。これが、苦しみを克服する道である。

■278.
「一切の形成されたものは苦しみである」と明らかな知慧をもって観るときに、ひとは苦しみから遠ざかり離れる。これこそ人が清らかになる道である。

□私の一言
一切のものは苦しみであると認識せよ。これが、苦しみを克服する道である。

■279.
「一切の事物は我ならざるものである」と明らかな知慧をもって観るときに、ひとは苦しみから遠ざかり離れる。これこそ人が清らかになる道である。

□私の一言
一切のものは自分(のもの)ではないものであると認識せよ。これが苦しみを克服する道である。

■341.
人の快楽ははびこるもので、また愛執で潤される。実に人々は歓楽にふけり、楽しみをもとめて、生まれと老衰を受ける。

□私の一言
人は快楽にふけり、愛着と執着に陥る。そして生と老衰を受ける。

■352.
愛欲を離れ、執着なく、諸の語義に通じ諸の文章とその脈絡を知るならば、その人は最後の身体をたもつものであり、「大いなる智慧ある人」と呼ばれる。

□私の一言
愛着と慾望を離れ、執着を捨て、正しい言葉の意味を理解するならば、その人は、身体をたもつだけのものであり、叡知を持った人となる。

■380.
実に自己は自分の主である。自己は自分の帰趨である。故に自分をととのえよ。−−商人がよい馬を調教するように。

□私の一言
自己こそ、自分の主であり、よりどころである。だから、自己を整えることが、何よりも重要である。

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